江東区がデータセンター建設のガイドラインを公表 ―その意義と限界、東京都のガイドラインの行方
本日、東京都のデータセンター関連ガイドラインを所管する3局(都市整備局・産業労働局・環境局)の担当者と、都民ファーストの会の政調会長である後藤なみ都議を通じて意見交換の場を持つことができました。
千石3丁目の説明会で浮き彫りになった構造的な問題――報告仕様が定められていないために説明会が噛み合わない現状、要綱が事業者の「盾」として機能してしまっている実態、基礎自治体の制度的限界――を直接お伝えし、都のガイドラインに現場の知見を反映させるよう提言しました。
都の担当者からは、年度内にガイドラインをまとめる方向で作業中であるとの説明がありました。詳細な内容にはここでは触れませんが、千石で何が起きているかをお伝えできたこと自体に意味があったと考えています。
奇しくも同じ本日、江東区から「大規模データセンター建設計画における話し合いガイドライン(区民向け)」が公表されました。
全31ページにわたるこのガイドラインを精読した上で、その意義と限界を整理しておきます。
評価すべき点
まず、このガイドラインには一定の意義があります。
第一に、データセンター特有の懸念事項を行政が公式に体系化したことの意味は大きいです。排熱、騒音、低周波音、ばい煙、重油備蓄、電磁波、転売時の協定引き継ぎ問題といった論点が、住民の声として明確に列挙されています。
これまで千石の説明会で住民が個別に指摘してきた論点が、行政文書として整理されたことで、今後の説明会において「この項目について説明してください」と求める根拠になりえます。
第二に、住民と事業者の立場の違いを正面から記述しています。「事業者にとっては基準内でも、住民にとっては毎日の生活に積み重なる問題」「法令に適合していることは必要条件だが、それだけで不安が解消されるわけではない」といった記述は、千石の説明会でまさに起きていることの本質をとらえています。行政がこの構造的なズレを公式に認めたことは前進です。
第三に、稼働後の維持管理について、事業者対策案の中で「管理者が変わっても、それまでの説明内容を確実に引き継ぐ」ことが明記されました。住民懸念として挙げられている「管理者変更時に配慮内容が引き継がれない」問題に対応した記載です。
しかし、この文書は「武器」ではない
率直に言えば、このガイドラインは住民が事業者との話し合いに臨むための「参考書」ではありますが、事業者に対する報告義務や説明水準を定める「制度」ではありません。
ガイドラインの正式名称が示す通り、これは「話し合いガイドライン(区民向け)」です。宛先は住民であって事業者ではありません。事業者に対して「こういう仕様で報告しなさい」「こういう前提条件でシミュレーションを実施しなさい」といった要求水準は、一切定められていません。
つまり、千石の説明会で起きている根本的な問題――事業者が自ら説明項目と前提条件を選べるために、住民の問いに答えない構造――は、このガイドラインでは解消されません。
具体的に見てみます。ガイドラインには「事業者による懸念事項への主な対策案」として、騒音であれば「静かなタイプの設備を使用します」「消音装置を取り付けます」、排熱であれば「必要に応じて、熱の広がり方をシミュレーションで確認します」といった記述があります。
しかし、「どの程度のデシベル値をもって静かと判断するのか」「どういう気象条件でシミュレーションを行うのか」「その結果を誰が検証するのか」は書かれていません。
千石の説明会が紛糾しているのは、まさにこの「程度」と「前提条件」の部分で事業者と住民が噛み合わないからです。ガイドラインが「シミュレーションで確認します」と書いても、事業者が南風2m/sの単一条件で実施したシミュレーション結果だけを出してきて「確認しました」と言えば、それまでです。
さらに言えば、このガイドラインは第三者検証にまったく触れていません。事業者が自ら作成した資料を自ら説明し、その内容を誰も検証しない。この構造は、ガイドラインの有無にかかわらず変わりません。
そしてもう一つ、見過ごせない点があります。このガイドラインには「事業者として法令遵守はもとより、住民の皆さまから寄せられる不安や懸念の声に真摯に向き合い、可能な限り配慮と工夫を重ねる姿勢で検討を進めていただいております」(p.9)という記述があります。

しかし、このガイドラインを策定した建築調整課は、7回の説明会に一度も出席していません。説明会の現場を見ていない所管が、なぜ事業者が「真摯に向き合っている」と評価できるのでしょうか。
これは事業者の自己申告をそのまま行政文書に転記しているに等しく、第三者検証の不在は、シミュレーションの前提条件だけでなく、事業者の「姿勢」に対する区の評価にまで及んでいます。
いま区に求められていること
繰り返しになりますが、千石の説明会が紛糾している原因は、事業者の悪意ではありません。事業者はルールに従って建物を建てようとしているだけです。問題は、そのルールが住民を保護する機能を持っていないことにあります。
3月10日の建設委員会で都市整備部長が「武器がない」と答弁したのは、まさにこの構造を指しています。しかし、ここで立ち止まって考えなければなりません。国の法律や都の制度でカバーしきれない問題に対して、要綱や条例を通じて自治を行うのが基礎自治体の役割ではないでしょうか。
建築基準法にデータセンターの定義がない。騒音規制法の対象に空調室外機が入っていない。だから対応できない――これは「武器がない」のではなく、武器を作る必要があるということです。国や都の制度が追いつかない現実に対して、現場に最も近い基礎自治体が独自のルールで住民を守る。それこそが地方自治の本来の機能です。
実際、江東区は中高層建築物について独自の紛争予防条例を持ち、また「江東区マンション等の建設に関する条例」ではワンルーム住戸の専用面積を25平方メートル以上とするなど、国法にない基準を独自に設けてきた歴史があります。データセンターについても、同様に区独自のルールを検討すべきです。
必要なのは、住民向けの参考書ではなく、事業者に対する報告要求水準を定める制度です。
具体的には、以下の3点が最低限必要だと考えています。
報告仕様の標準化。 排熱・騒音・ばい煙について、どの気象条件で、どの測定方法で、どの形式で報告するかを行政が定める。事業者が説明項目を自由に選べる現状では、どれだけ説明会を重ねても噛み合いません。
第三者検証の制度化。 事業者の自己評価だけでは、住民の信頼を得ることは構造的に不可能です。独立した専門家がシミュレーションの前提条件と結果を検証する仕組みを、制度として組み込む必要があります。
稼働後モニタリングの枠組み。 建設前の説明会で完結するのではなく、稼働後の継続的な測定と、基準超過時の是正手順をあらかじめ合意しておく仕組みが要ります。
都のガイドラインを注視する
東京都は、都道府県として初めてデータセンター建設に関するガイドラインを策定する方針を示しており、現在その作業が進んでいます。
基礎自治体である江東区が「武器がない」と認めている以上、都の制度が持つ意味は大きいです。千石で起きていることは千石だけの問題ではありません。
大手町へのアクセスが良い都心部に、同様の条件を満たす土地が存在する可能性は十分にあります。同じ構造の問題は、制度が変わらなければ繰り返されます。
データセンターは合法的に建設されます。事業者は利益を追求します。それ自体は資本主義社会において当然のことであり、何も悪いことではありません。
だからこそ、住民の生活環境を守る責任は行政の制度設計にあります。事業者の善意やお願いベースの「配慮」に依存するガイドラインでは、その責任を果たしたことにはなりません。
都のガイドラインの中身を、引き続き注視していきます。