江東区議会議員|中島雄太郎

ブログ

  1. トップ
  2. >
  3. ブログ
  4. >
  5. なぜ都心の住宅地・千石で大規模データセンター計画が進められているのか
2026年2月13日

なぜ都心の住宅地・千石で大規模データセンター計画が進められているのか

江東区千石で、大規模データセンターの建設計画が進められています。

私はこれまで開催されたすべての住民説明会に参加してきました。説明会では住民の怒りや不安が噴出していますが、私がそこで感じるのは、単純な「住民対事業者」の対立ではありません。問いと答えのレベルが、根本的に噛み合っていないのです。

住民は「生活への実害が出ないのか」と問う。しかし、説明会の資料や事業者の質問への回答は、結局のところ「現行ルールの枠組みを守っている」という点に集約されており、住民の不安や疑問には答えられていません。この噛み合わなさは、事業者の姿勢だけでは説明できません。なぜこの場所なのか、どんなビジネスなのかという前提が共有されないまま、議論だけが先に進んでいることが原因です。

この記事では、計画の賛否を論じるのではなく、まずその前提――なぜ都心の住宅地で大規模データセンターが計画されるのか――を整理します。

「AI向けデータセンター」ではない

全国各地でデータセンター建設をめぐるトラブルが起きています。「AI需要の拡大」「デジタル社会に不可欠なインフラ」。多くの場合、そうした文脈で語られます。千石の計画も同様に「AI向け」「時代の要請」と理解されがちです。

しかし、この理解は正確ではありません。

一般にAI向けデータセンターは、大量のGPUによる学習処理を行うため、莫大な電力と広大な敷地、大規模な排熱処理が必要です。だからこそ電力コストが安く土地に余裕のある地方や郊外に立地するのが合理的であり、実際にそうした施設は地方に増えています。

千石の計画は、これとはまったく性質が異なります。設計上も事業者自身の説明においても、高密度GPUによるAI学習を前提とした施設ではありません。想定されている主な用途は、金融機関の基幹系システム、決済・清算システム、企業のミッションクリティカルなインフラです。これらが重視するのは、大量の計算能力ではなく、低遅延、高信頼性、そして中枢拠点への近さです。

にもかかわらず、説明の場では「AI」「デジタル社会」「将来需要」といった言葉が前面に出されます。この時点で、説明はすでにミスリーディングです。

千石という立地が意味するもの

では、なぜ都心の住宅地に近い千石が選ばれるのか。

データセンターと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、郊外の工業地帯、高速インターチェンジの近く、周囲に住宅が少ない場所でしょう。千石はそのイメージとはかけ離れています。

千石は東京の都心環状部の内側に位置し、大手町や日本橋といった中枢エリアに極めて近い場所です。「都心から少し離れた場所」ではありません。都心機能が密集するエリアと、ほぼ同一の都市圏・通信圏にある場所です。

その意味を理解するには、大手町という場所の性格を知る必要があります。

大手町周辺にはメガバンク本店、証券会社、清算機関、決済・取引関連システムが高度に集積しています。ここは単なるオフィス街ではなく、日本の金融システムの中枢です。そして金融・決済・基幹系システムの世界では、物理的な距離がそのまま通信遅延(レイテンシ)に直結し、レイテンシの差がリスクとコストに跳ね返ります。数ミリ秒の遅延が、アルゴリズム取引の成否、リアルタイム決済の安定性、システム冗長化の設計に影響する世界です。

そのため「大手町にどれだけ近いか」という条件そのものが、賃料、回線費、オプション料金という形で巨額の収益に転化されます。千石からであれば、大手町中枢と専用の光ファイバーで直結する構成も技術的に十分成立し、それ自体が高額なオプション商品になります。

事業者が説明会で「大手町からの距離」という言葉を繰り返し強調するのは偶然ではありません。それがこの事業の最大のセールスポイントであり、事業者自身がこの計画を高付加価値・高収益案件として位置づけていることの表れです。

千石が選ばれる理由はシンプルだ

千石のような条件を満たす土地――大手町に近接し、かつ大規模なデータセンターを新設できる――は、東京でもほとんど残っていません。既存の都心データセンターは老朽化や増床不可といった制約を抱えており、新規供給は極めて限られています。

その結果、千石のデータセンターが実現すれば、賃料は一般的なデータセンターを大きく上回る水準になります。金融系テナントは価格よりも安定性・近接性を優先するため、長期契約・高単価・厳格な解約条件といった、事業者にとって極めて有利な条件を飲ませることも可能です。

突き詰めれば、なぜ千石なのかという問いの答えはシンプルです。この立地が、他では代替できない収益性を生むからです。

千石は住宅地に近接しており、住民の反対が起こることは容易に想像できました。それでもこの場所が選ばれ、計画が急がれているのは、代替が難しい立地が生む都心プレミアムと金融系需要という、圧倒的な経済合理性があるからです。

千石が選ばれている理由は、「AI」や「社会インフラ」という公益性の説明だけでは理解できません。

規制前に建てる――先行者利益という動機

この計画を理解するうえで、もう一つ欠かせない前提があります。

データセンターに対する規制の議論が、東京都で始まっています。排熱、騒音、非常用発電設備、都市インフラへの影響など、データセンター特有の課題については現行制度では十分に整理されておらず、今後、何らかの規制や指針が設けられる可能性は高いと見られています。

この状況は、事業者にとって二つの強い動機を生みます。

第一に、規制が導入される前に建設を完了させたいという動機です。規制が整備されれば追加的な設備投資や運用上の制約が課される可能性があり、現行制度のもとで建ててしまう方が事業リスクは低くなります。

第二に、規制前に完成させることで、都心立地という希少性を事実上独占できるという点です。都心部で大手町に近く大規模なデータセンターを新たに建設できる条件は、規制が導入されればさらに厳しくなります。先行して完成した施設は、長期にわたり競争優位を維持できます。

都心プレミアムと規制前というタイミングの二つが重なったとき、事業者の行動が、時間をかけた丁寧な合意形成よりも、現行制度上の要件を形式的に満たすこと、許認可手続きを滞りなく進めることに重心を置いたものになりやすいのは、経済合理性の帰結です。これは善悪の評価ではなく、制度と市場がそうした行動を合理的にしてしまっているという構造の問題です。

説明会はなぜ噛み合わないのか

説明会に参加して痛感するのは、住民と事業者の間に横たわる「問いのレベルの違い」です。

住民は「排熱で周辺の気温はどれだけ上がるのか」「低周波騒音は長期的にどう影響するのか」「稼働後に問題が出たらどう対応するのか」という、生活影響に基づく問いを投げています。

一方、事業者が口頭で「現行ルールに適合している」と繰り返しているわけではありません。しかし、説明会で配布される資料の構成も、住民からの質問に対する回答の内容も、突き詰めれば「現行ルールの枠組みを守っている」という点に集約されています。建築基準法上の適合性、用途地域との整合、法令で定められた基準値の範囲内であること。説明の土台がそこに置かれている以上、住民が抱える生活レベルの不安や疑問には、構造的に届かないのです。

住民が問うているのは生活への実害(アウトカム)。事業者の説明が拠って立つのはルール上の適否(インプット)。この構造的なズレが、説明会の混乱の根底にあります。

しかも、この問題は事業者の姿勢だけでは解決しません。そもそも建築確認申請は、用途地域への適合や構造安全性を審査するものであり、住民の合意や生活影響の評価は審査対象ではありません。また、江東区の指導要綱に基づく説明会は法的義務ではなく行政指導です。説明会が紛糾していても、住民が納得していなくても、法令に適合していれば建築確認は下り得る。説明会は「合意形成の場」ではなく「周知プロセス」にすぎません。

住民が「説明が噛み合っていないのに計画が進む」と感じる違和感は、事業者の不誠実さだけでなく、この制度設計そのものから生じています。

要綱は作られた。しかし枠組みは変わらなかった

江東区は「大規模データセンターに係る建築計画の早期周知に関する指導要綱」を整備しました。データセンターという新しいタイプの施設に対応しようとしたこと自体は一歩前進です。

しかし、その中身は従来のマンション建設と同型の「説明会モデル」の延長にとどまりました。

データセンターは従来の建築物とは性質が異なります。排熱、低周波騒音、24時間365日の連続稼働による累積的影響、非常用発電設備の実稼働頻度、将来の設備更新による負荷変化。これらは「計画の概要を説明する」従来型の説明会では評価も、共有も、管理もできません。

本来であれば、生活影響に直結する指標での説明、報告仕様や測定条件の行政側による設計、第三者専門家による検証、稼働後を見据えたモニタリングの枠組み。こうしたデータセンター特有のリスクに対応した仕組みが要綱に組み込まれるべきでした。

それが実現しなかった結果、住民は「100%安全」を求め、事業者は「基準内」を繰り返すという、制度的に解けない対立構造が固定化しています。これは運用の失敗というより、制度設計の不備です。

制度設計の段階で、この問題は見えていた

実はこの点について、私は昨年12月5日の区議会建設委員会で、すでに問題提起を行っていました。

具体的には次の3点です。

第一に、住民が知りたいのは「生活影響」だということ。 周辺気温がどれだけ上がるのか、デシベルでは見えない低周波ノイズの体感はどうか。技術データではなく、生活実感に結びつく指標での説明が必要であると指摘しました。

第二に、報告の仕様を行政側が設計すべきだということ。 事業者が自ら設定した前提でシミュレーション結果を出すだけでは、住民の疑問に答える形式にならない。測定条件、報告単位、提出形式を行政が定めるべきだと求めました。

第三に、専門家を入れなければ実効性がないということ。 有識者を交えて仕様を決めない限り、要綱は形だけのものになると警鐘を鳴らしました。

これに対する当時の答弁は、「基準がないので難しい」「事業者が条件を設定してシミュレーションする」というものでした。

その指摘が十分に反映されないまま、要綱案はそのまま要綱として策定されました。

懸念は現実のものとなった

その後、実際の説明会がどうなるのかを見極めるため、私はすべての説明会に参加し、議論の経過を見守ってきました。

結果は、残念ながら当初の懸念通りでした。

住民が生活影響への不安を訴え、事業者の説明が現行ルールの枠内にとどまるというすれ違いが、まさに起きています。130項目にのぼる住民からの質問が長期間放置され、初回から準備不足が目立ち、マスコミの取材は拒否される。説明会が荒れることは予見可能だったにもかかわらず、事業者も行政も修正行動を取らなかった。指導要綱が想定する「早期周知・不安解消」という目的は、すでに達成不能になっています。

制度設計段階で論点は明確に提示されていました。それが要綱に反映されなかった以上、今回の混乱は行政の判断の帰結と言わざるを得ません。

ここから先は「解説」ではなく、政治の論点だ

私は評論家ではありません。江東区議会議員として、地域の生活環境と都市政策のルールに責任を負う立場です。前提整理だけで終わらせるわけにはいきません。

千石の計画は、都心プレミアムという強い経済合理性の上に成り立っています。だからこそ、形式的な手続きだけで前に進めば進むほど、地域との摩擦は深くなります。ここから先は、以下の論点を正面から議論する必要があります。

利益と負担の釣り合いは取れているのか

高収益を見込める事業であるほど、事業者のインセンティブは強くなります。しかし、だからといって地域が負担するリスクが無制限に許容されるわけではありません。「儲かるからやる」という経済合理性と「そこで暮らす人の生活環境」という公共性が衝突したとき、政治が問うべきは利益と負担の釣り合いです。これだけの高収益が見込まれる事業であるなら、追加的な環境対策、第三者検証、厳格な協定を求めることは過剰要求ではなく、合理的なコスト配分です。

「適法」は「安全」を意味しない

データセンターは現行の建築・環境規制の想定外の性質を多く含む施設です。確認申請が通ることは「現行法令違反ではない」ことを示すにすぎず、「社会的に無害である」「将来にわたって問題が起きない」ことを意味しません。公害の歴史を振り返れば、建設当時は合法だったものが後に社会問題として認識された例はいくつもあります。排熱、低周波騒音、24時間稼働の累積影響、非常用発電設備の運用について、包括的かつ予防的に規制する法制度はいまだ存在しません。「規制がない」は「問題がない」ではなく、「問題を想定していない」という状態です。東京都で規制議論が進んでいる今、その規制が整備される前に建ててしまうことは、結果として新たな公害を生むリスクを高める可能性があります。

見通せないなら、住民と協働してリスクを潰すしかない

データセンターは、実際に稼働して初めて顕在化する影響が少なくありません。排熱も音も振動も、設備更新による負荷変化も、運用が始まってから見えてくる部分があります。おそらく事業者自身も、千石においてどういう問題が発生するかを完全には見通せていないはずです。であるならば、住民の疑問や質問に対して「できる範囲で」ではなく徹底的に調査し、文書で答え、必要なら計画や対策を修正するという姿勢が不可欠です。住民が求めているのは「100%安全の証明」ではありません。不確実性があるなら、どう測り、どう監視し、どう改善し、どう責任を持つのか。そのプロセスを示すことです。データセンターが地域の中に立地する以上、住民は単なる「説明の受け手」ではなく、リスクを潰していくための「協働相手」です。事業者がそれを拒むなら、信頼は回復しません。

今後に向けて

私は昨年12月の建設委員会でデータセンター特有のリスクを踏まえた説明枠組みの必要性を問題提起し、その指摘が反映されないまま要綱が策定される過程を見届け、その後のすべての説明会に参加して議論を見守ってきました。そして、当初の懸念が現実のものとなっている現状を、現場で確認しています。

今回の問題の本質は、住民対事業者の対立ではありません。制度が新しい施設に追いついていない中で、経済合理性と行政判断と生活環境が衝突している構造です。そしてそのしわ寄せを受けているのは、地域住民です。

このまま形式的な手続きの履行だけで計画を進めるのではなく、住民に対する実質的な説明責任が果たされなければなりません。生活影響に関する具体的な説明、不確実性への対応、稼働後を見据えた監視と是正の仕組み。これらが伴わない限り、安心・安全な施設とは言えません。

私は、説明会にすべて参加してきた唯一の区議会議員として、区に対して、そして事業者に対して、住民への徹底した説明責任を果たすよう、委員会の場で正面から求めていきます。

制度が追いついていない過渡期だからこそ、行政と事業者の双方に、実質的な説明と責任ある対応を求めていきます。

江東区の暮らしに関するご意見・ご相談・お問合せはお気軽にご連絡ください。

前の記事