モバイルバッテリー発火事故をどう減らすか ―問われているのは情報公開の設計
帰宅ラッシュ直前に起きた発火事故に巻き込まれて
先日、2月3日に都営新宿線・森下駅で発生したモバイルバッテリーの発火事故。実はこのとき、私自身もその影響を直接受け、新宿駅からの帰路、都営新宿線に乗ることができませんでした。
事故が起きたのは午後5時前で、これから帰宅ラッシュが本格化する時間帯でした。その列車が止まり多くの利用者が足止めを余儀なくされました。
幸い大きな人的被害には至りませんでしたが、「モバイルバッテリーの発火」という一件が、日常の交通をいとも簡単に止めてしまう現実を、当事者として実感する出来事でした。
■参考記事(Yahooニュース)
都営新宿線の電車内でモバイルバッテリーから発煙 2人が体調不良
社会インフラとなったモバイルバッテリー
こうした事故が起きるたびに、「モバイルバッテリーは危険だ」「持ち歩くのをやめるべきではないか」といった声が上がります。しかし、ここは冷静に整理する必要があります。
スマートフォンは、連絡手段としてだけでなく、キャッシュレス決済、交通案内、災害時の情報取得など、都市生活に不可欠な存在です。電池切れは単なる不便では済まない場面も多く、モバイルバッテリーはすでに社会インフラの一部になっています。
そのため、行政が一律に「持ち歩かないように」と呼びかけることには、現実性がありません。
事故頻度と社会的な受容水準
まず、モバイルバッテリーの発火事故がどの程度の頻度で起きているのかを、数字で確認しておく必要があります。
下の図は、総務省消防庁が公表しているデータを基に、モバイルバッテリーの発火事故件数の推移を整理したものです。

■参考ページ(総務省)
リチウムイオン電池等から出火した火災の調査結果の公表
2022年には122件、2023年には182件、2024年には290件と、事故件数は年々増加しています。2025年は上半期だけで194件が確認されており、このペースが続けば年間で約400件に達する可能性も指摘されています。
この数字だけを見ると、「危険が急激に高まっている」と感じるかもしれません。しかし、ここで重要なのは分母です。
モバイルバッテリーは、すでに国内で数千万台規模が流通し、日常的に持ち歩かれています。その中で、年間数百件規模の事故が発生しているというのが実態です。
流通量を踏まえて考えれば、発火や火災に至る事故は確率としては百万分の一〜千万分の一オーダーと推計され、決して高頻度とは言えません。
これは、自動車事故や家庭用ガス機器、調理器具などと同様に、一定の事故発生を前提に社会が成り立っているリスク水準に位置づけられます。
つまり、
- 事故は確かに増えている
- しかし無差別に起きているわけではない
- 社会全体としては、現時点では受容されているリスク領域にある
という整理が妥当です。
問題は、事故件数がゼロでないことそのものではありません。どの製品で、どの流通経路で、どのような条件下で事故が起きているのかが、社会から見えないことにこそ、本質的な課題があります。
問題は事故後の情報が見えないこと
本当の問題は、事故が起きた後の情報の扱われ方にあります。
報道では多くの場合、
「乗客のモバイルバッテリーとみられる」
という表現で終わり、どのメーカーの製品だったのか、どこで購入されたのか、どのような流通経路だったのかといった情報は、ほとんど明らかにされません。
消費者庁の公表制度も、基本的にはリコール対象製品に限られたものです。単発事故や軽微事故について、事故後に確定情報を追記公表したり、メーカーが特定できない場合でも販売チャネルだけを明示したりする仕組みは、制度として用意されていません。
その結果、注意喚起は
「モバイルバッテリーは危険なので注意しましょう」
という抽象的な一般論にとどまり、どこにリスクが集中しているのかが見えない状態が続いています。
「信頼できるメーカーを選べばいい」で済まない理由
「信頼できるメーカーを選べばよい」という意見もあります。しかし現実には、大手メーカーであってもリコールは発生します。
これは必ずしも品質が低いからではなく、販売量が多く、事故が可視化され、是正される仕組みを持っているからです。
一方で、無名ブランドや怪しい流通経路の製品は、事故が起きても報告されず、製品が特定されず、回収もされないまま市場から消えていくことが少なくありません。
消費者の立場から見れば、「極端な粗悪品を除けば、どれを買っても運次第ではないか」と感じてしまうのも、ある意味で合理的です。
品質と使い方が重なって事故は起きる
モバイルバッテリーの事故は、製品の品質だけでなく、使い方や置かれた環境が引き金になることもあります。
例えば、
- 真夏の車内や直射日光の当たる場所に放置する
- カバンの中で強く圧迫された状態で使い続ける
- 落下や水濡れの後もそのまま使用する
- 膨張や異臭といった異常が出ているのに使い続ける
こうした使い方は、どの製品であってもリスクを高めます。
ただし重要なのは、同じ使い方をしても事故に至るかどうかは製品によって大きく異なるという点です。
品質や設計に余裕のある製品は異常時に出力を遮断しますが、そうでない製品では一気に発火に至ることがあります。
つまり事故の多くは、「使い方」だけ、あるいは「品質」だけが原因なのではなく、その両方が重なったときに顕在化するものです。
本当に必要なのは情報公開の設計
だからこそ、この問題を「自己責任」で片づけてはいけません。
事故リスクを下げるために本当に有効なのは、
- 事故後、確定した情報を後日でも追記公表すること
- メーカーが特定できない場合でも、販売チャネル(海外EC、個人輸入、国内量販店など)の粒度は明示すること
- 同一メーカーや同一流通経路で事故が累積した場合、それが一目で分かる形で可視化すること
といった情報公開の設計です。
理想的には、「このページを見れば、消費者がメーカーや流通経路ごとのモバイルバッテリーのリスクを判断できる」という状態を、行政が用意すべきだと思います。
それは「このメーカーは安全」「この製品は危険」と断定することではありません。事故件数、販売規模、リコール履歴、流通経路の傾向といった情報を並べ、判断材料を社会に返すという意味です。
規制強化ではなく、社会コストを下げる視点
現在のように、事故情報を匿名化し、一般論の注意喚起だけを繰り返す運用は、結果として粗悪品の流通を守り、真面目な事業者と消費者の双方に不利益を与えています。
モバイルバッテリーの発火事故は、単なる安全意識の問題ではありません。利便性を前提とした社会の中で、どこまでを個人に委ね、どこからを制度で引き受けるのかという、行政と市場設計の問題です。
事故頻度が受容可能な水準にある今だからこそ、感情的な規制論ではなく、情報の出し方を変えることで下げられる社会コストに目を向けるべき段階に来ていると考えます。
付記:私自身の向き合い方
参考までに書いておくと、私個人としては、スマートフォンで長時間の動画撮影を行う予定がある日など、明確に必要性がある場合を除き、普段はモバイルバッテリーを持ち歩かないようにしています。
その運用で、これまで特に困ったことはありません。もちろん、これはあくまで一個人の選択であり、誰にでも当てはまる話ではありませんが、リスクとの付き合い方は「持つか持たないか」の二択ではなく、状況に応じて判断するものだと考えています。
だからこそ、消費者が自分なりの判断をできるようにするための情報公開が、いま最も重要なのではないでしょうか。
投稿者:江東区議会議員 中島雄太郎