江東区デマンド交通の運行経費3,900万円は妥当か?タクシー活用との比較で見えた課題
2026年3月10日の建設委員会で、江東区が南砂地域で令和9年5月から開始予定のデマンド交通について質疑を行いました。
この事業、一見すると「交通弱者のための新しい移動手段」という美しいストーリーなのですが、数字を見ると首をかしげざるを得ません。
ワゴン車1台に年間3,900万円
まず、この事業の概要を整理します。
南砂地域(面積2.72km²)において、ワゴン車たった1台を走らせるAIデマンド交通の実証運行です。25か所程度の乗降スポットを設け、利用者の予約に応じてスポット間を相乗りで移動する仕組み。想定利用者数は1日40人、年間325日運行で延べ13,000人。
そして運行経費は年間3,900万円。車1台を走らせるのに、です。
内訳は運行業務委託(人件費・燃料費)、AIの予約システム運用費、コールセンター費用。運賃収入の見込みは年間約430万円で、収支率はわずか11.0%。つまり経費の89%、約3,470万円が税金からの持ち出しになります。
1回乗車あたり2,670円の税金が使われている
この数字をさらに分解します。
年間の公費負担額:3,900万円 − 430万円 = 約3,470万円 年間の延べ利用者数:13,000人
1回の乗車あたり、約2,670円の税金が投入されている計算です。
利用者が払うのは300円(高齢者等の場合)。その裏側で、1回の乗車に2,670円もの公費が使われている。これを知った上で、次の計算を見てください。
「タクシー券の方が安い」という単純な算数
13,000人 × タクシー券2,000円 = 2,600万円
利用者全員にタクシー券を2,000円ずつ配っても2,600万円。デマンド交通の運行経費3,900万円より1,300万円安い。
しかもこの比較、デマンド交通にとって有利な条件で計算しています。デマンド交通の場合、1回の乗車あたりの公費負担は2,670円です。つまりタクシー券2,000円を配るよりも、デマンド交通1回の税金投入額の方が高い。代替案の方が安いどころか、現行案の税金投入額だけでタクシーに乗れてしまうのです。
委員会でこの数字を示して「コストとしてどうなのか」と問いました。
課長の答弁、そしてさらなる追及
地域交通課長の答弁は、要約するとこうです。
「単なるタクシー補助ではなく、車両を常時確保してニーズがあった時にすぐ出せる状況を確保し、その実証効果を検証したい」
しかし、「車両を常時確保してすぐ出せる」――それはまさに、東京のタクシーがすでに実現していることではないでしょうか。そこでさらに追及しました。
タクシーは呼べば来ます。
ここで、デマンド交通とタクシーのサービスとしての違いを整理してみましょう。
デマンド交通は、あらかじめ決められた「乗降スポット」間を移動する仕組みです。つまり、自宅からスポットまで歩き、スポットから目的地の最寄りスポットまで乗り、そこからまた歩く。しかも乗り合い方式なので、他の利用者の経由地を回りながらの移動になります。さらに運行エリアは南砂地域の2.72km²に限定され、運行時間にも制約があります。
一方、タクシーは自宅の玄関先まで迎えに来てくれて、行きたい場所の目の前まで連れて行ってくれます。他の乗客の都合で遠回りすることもありません。GOアプリを開けば数分で配車されます。そして、このシステムはすでに完成しており、新たに何かを構築する必要がありません。
この事業の主な対象は高齢者です。足腰に不安を抱える高齢者にとって、「自宅から乗降スポットまで歩く」こと自体が負担であり、移動支援の本来の趣旨とも矛盾します。スポット間を乗り合いで移動するデマンド交通より、ドアツードアで直行してくれるタクシーの方が、利便性が高いのは明らかです。
それなのに、なぜわざわざ利便性で劣るサービスを、より高いコストをかけて導入する必然性があるのか――この問いに対して、課長は明確な答えを示すことができませんでした。

都市部と過疎地では前提が違う
誤解のないように言えば、デマンド交通という仕組みそのもの全てを否定しているわけではありません。
公共交通の空白地帯を抱える過疎地や中山間地域では、タクシー事業者自体が存在しない、あるいは極めて少ないケースがあります。そうした地域では、行政がデマンド交通を整備する意義は明確です。
しかし、東京23区はタクシーインフラが日本で最も充実したエリアです。GOアプリの配車可能台数は都内だけで数万台規模。しかもGO社は2024年12月から江東区の湾岸エリアを皮切りに相乗りサービス「GOシャトル」(現「GOエコノミー」)を開始し、2025年11月には都心12区にエリアを拡大しています。タクシー料金の約半額で利用でき、乗降スポットは約4,700箇所。まさに民間が自力で、行政のデマンド交通とほぼ同じ機能を、公費ゼロで実現しているわけです。
建設委員会でも地域交通課長自身が「GOアプリのシャトルについては区としても把握しており、GO社と打ち合わせも行っている」「エリア拡大の話もある」と答弁しています。行政がこの動向を知っていながら、なぜ3,900万円の公費を投じて類似サービスを自前で構築しようとするのか。ここに合理的な説明が必要です。
足立区の「足タク」という先行事例
興味深い事例として、足立区のデマンドタクシー「足タク」があります。
足立区は入谷・鹿浜地区で2024年6月から実証実験を開始し、2025年4月に23区初のデマンド交通本格運行に移行しました。このサービスの特徴は、既存のタクシー事業者4社と連携し、通常のタクシー車両をそのまま活用している点です。
利用者は対象地域内に住民登録した上で、電話予約により自宅と指定乗降スポット間、またはスポット間を移動します。迎車料金込みの運賃が2,000円未満なら500円、2,000円以上なら1,000円で乗車でき、差額を区が公費で負担する仕組みです。実証途中で乗降スポットの追加や医療施設の拡充など制度改善が重ねられ、本格運行に至りました。
もちろん、足タクも対象地域限定・事前登録制・乗降スポット限定であり、誰でもどこへでも行ける「自由なタクシー補助」ではありません。しかし、ここで注目すべきは制度設計の発想の違いです。
「既存のタクシーを公費で薄く活用する」という足立区の発想は、新規に専用車両を確保しAI配車システムを構築する江東区の方式と比べ、少ない公費で早く始められる可能性があります。
実は、江東区のデマンド交通の委員会資料自体が、車両比較の注釈で「足立区『足タク』は事業専用の車両では無く、通常のタクシー車両を使用」と記載しています。つまり江東区は足立区モデルの存在を認識した上で、あえてワゴン車を別途用意するという選択をしているのです。その判断に至った合理的な理由が、委員会質疑では示されませんでした。
「実験ありき」ではなく、結論オープンで
委員会の最後に、こう述べました。
実証実験をすること自体は否定しません。実験をして検証するというプロセスは重要です。しかし、「デマンド交通ありき」でこれを全区に広げるという前提で進めるのではなく、実験の結果、タクシー券を配った方がいいとか、もっと別のやり方の方がいいとか、そういう結論になることも排除せず、様々な可能性を検討してほしい。
ワゴン車1台に年間3,900万円、1回の乗車に2,670円の公費、収支率わずか11%――これらの数字を見て、「それでもやるべきだ」と区民を説得できるロジックがあるなら聞きたい。
年間3,900万円は区民の税金です。「新しい交通システムを導入した」という実績づくりのために使うのではなく、区民にとって最も便利で、最もコストパフォーマンスの高い選択肢は何かという原点に立ち返って判断すべきです。
過疎地の成功事例をそのまま都市部に持ち込んでも、前提条件が異なれば結果も異なります。東京23区には23区なりの最適解があるはずです。その最適解が「既存のタクシーインフラの活用」である可能性を、最初から排除してはなりません。