江東区千石データセンター ―39年放置された「当分の間」が、新しい公害を生む前に
この記事のポイント
- 千石データセンターの非常用発電機は、12台合計35MW ―― 典型的な非常用発電機の数百倍から千倍以上のスケール。月1回・1時間の試運転だけで、20年累積でタバコ約2億5千万本分のタール相当の粒子状物質(PM)が排出される。停電時の6日間連続稼働では、試運転20年分が、わずか6日間で大気中に放出される。
- それでも、大気汚染防止法の排出基準は適用されない。 1987年の例外規定(「当分の間、適用しない」)が、39年経った今も「当分の間」のまま放置されている。1987年当時の立法者は、こうした規模・用途・頻度の発電機を想定していなかった。
- この穴を埋められるのは、もう江東区しかない。 国の制度改正には数年、都の条例改正にも1年以上かかる。事業者は2026年6月に建築確認申請、7月着工を予定。6月の建設委員会が、区が制度を作って本計画に適用できる事実上最後のタイミングである。
タイムリミット
江東区千石3丁目の大規模データセンター計画は、事業者の公表スケジュールでは、2026年6月に建築確認申請、7月に着工が予定されています。
千石データセンターは延床面積が約2万2,640㎡と1万㎡を超えるため、特定行政庁としての所管は江東区ではなく東京都となり、建築確認申請は東京都または民間の指定確認検査機関に提出されることになります。事業者がスケジュールを優先する以上、申請先は民間の指定確認検査機関である可能性が高いと見られます。
ここで重要なのは、建築確認とは設計図書が建築基準法に適合しているかをチェックする手続きであり、住民の意思を申請内容に直接反映させる仕組みは法律上ないということです。住民が反対していても、法令に適合していれば確認済証は出ます。確認済証が交付されれば、事業者は工事に着手でき、その後の計画変更には新たな審査が必要となるため、現実的にはほぼ行われません。
つまり、住民の意思や区の指導要綱を計画に反映させる経路は、確認申請が出る前にしか機能しないということです。確認申請後に区が要綱をアップデートしても、本計画には間に合いません。江東区は確認手続きそのものに介入する権限を持たないからです。
つまり、6月の建設委員会が、区が制度を作って本計画に適用できる事実上最後のタイミングです。
私はこれまで、本ブログと建設委員会で繰り返し、現在の法令・条例・要綱の枠組みでは、千石データセンターのような都市型データセンターによって周辺住民の健康と生活環境が守れないということを述べてきました。報告仕様の標準化、第三者検証、稼働後モニタリングという3点を盛り込んだ実効性ある区独自の制度が必要だ、ということです。前回の記事(業界・行政・住民が同じ方向を向いた今、江東区は動けるか)で示した通り、業界団体・専門家・住民が同じ方向を向いた今、区が動かない理由はもうありません。
ただ、これまでこの主張は、要綱の構造的問題、ガイドラインの限界、説明会の実態といった、やや抽象的なレベルで展開してきた面があります。
本記事では、住民の間で最大の懸念事項となっている重油備蓄、そしてその重油を必要とする非常用発電機の問題を取り上げ、これまで述べてきた「既存ルールの射程外」という主張を、具体的かつ生々しい形で示します。
千石データセンターの非常用発電機が出すばい煙が、いかに既存の法令・条例の射程外にあり、いかに新ルールがなければ周辺住民の健康と生活環境を守れないか。本記事を読み終える頃には、6月建設委員会での区の判断が、なぜ「行政手続きの一論点」ではなく「1,500人の区民の健康に関わる判断」なのかが、はっきりと見えてくるはずです。
論点と本記事のフォーカス
千石データセンターをめぐる住民の懸念は、大きく熱・騒音・重油の3つに整理できます。
このうち、住民の生活環境への影響として最も直接的で甚大なのは、実は熱と騒音です。施設は24時間365日稼働します。夏場に施設の排熱で周辺の気温が数度上昇すれば、近隣住民、特に高齢者や乳幼児にとっては生命に関わる問題になり得ます。低周波音を含む騒音も、長期的な曝露によって睡眠障害や自律神経への影響につながり得ることが指摘されています。窓を開けられない、夜眠れない、ベランダに出られない――これは住宅地の生活環境そのものが破壊されるということであり、毎日、全住民に降りかかる影響です。
ただし、熱や騒音と個別具体の健康被害との因果関係は、立地条件、気象条件、住居の構造、個人の感受性などに大きく左右されるため、ケースごとに丁寧な検証が必要な領域です。「この施設のこの設計が、近隣住民の健康にどう影響するか」を事前に断定することは難しい。だからこそ、シミュレーションの精緻化、第三者検証、稼働後の実測といった仕組みが必要だというのが、私がこれまで建設委員会で求めてきたことです。
これに対して、重油の燃焼に伴う排ガス(ばい煙)は質が異なります。生活への直接的な影響としては、月1回の試運転と災害時の連続稼働に限られるため、頻度としては熱や騒音より低い。ところが、燃焼時に出る粒子状物質(PM2.5)と窒素酸化物(NOx)は、世界保健機関(WHO)が発がん性のある物質として正式に位置付けたものを含みます。つまり、健康被害との因果関係は、国際機関が確立した科学的事実として既に存在しているのです。
つまり、熱と騒音は「生活環境への影響は甚大だが、健康被害との因果関係はケースバイケース」、排ガスは「頻度は限られるが、健康被害との因果関係は科学的に確立済み」という、位相の違う論点なのです。
本記事は、このうち重油の燃焼に伴う排ガスに絞ります。
なぜこの一点に絞るのか。理由は2つあります。
第一に、これが住民の間で最大の懸念事項となっているからです。説明会でも、陳情でも、住民からの質問の中心は120万リットルの重油備蓄と、それを燃焼させる非常用発電機の問題です。
第二に、この論点こそが、千石データセンターのような都市型データセンターが既存の法・規制の射程外であることを最も鮮明に示すからです。健康被害の領域には、本来であれば大気汚染防止法という強力な規制法が存在します。にもかかわらず、千石データセンターの非常用発電機が出すばい煙は、その規制からまるごと除外されています。法令違反ではありません。事業者が悪いわけでもありません。制度そのものが、千石データセンターのような施設を想定していないのです。
以下の章では、まず千石データセンターがどれほどの規模の施設なのかを示し、月1回の試運転で何がどれだけ排出されるのかを推計し、停電時の連続稼働で桁が変わることを確認し、それが住民の健康にとって何を意味するのかを科学的事実として整理し、最後にその全てを規制から除外している制度の歴史的経緯に行き着きます。そして、だからこそ区が今、何をすべきかを示します。
そもそもデータセンターは一様ではない
ここで一つ、よくある誤解に触れておきます。「都心にもデータセンターはたくさんあるじゃないか」「豊洲にもデータセンターがあるのに千石は何を騒いでいるのか」という声です。
たしかに東京都心にはデータセンターが複数立地しています。しかし、同じ「データセンター」と呼ばれていても、その性質はまったく異なります。
たとえば、新豊洲駅前のテプコ豊洲ビル(アット東京データセンター、2003年竣工)。ここはマンション群に囲まれていますが、ばい煙や振動の問題が住民から提起されたことはありません。なぜか。
第一に、立地が「再開発等促進区」として東京都の都市計画で位置付けられた業務・商業・居住の複合市街地で、当初からタワマン群が建つことが織り込み済みでした。第二に、その前提でアット東京は、コストが高くてもガスタービン式の非常用発電機を選択しました。ガスタービンはディーゼルに比べてばい煙・振動が大幅に少なく、住居併存エリアでは事実上それしか選択肢がない設計です。
つまり、豊洲のデータセンターは「最初から共生を前提に設計された施設」です。
千石はこれと真逆です。準工業地域で、住宅地の真ん中に既存住宅3.5m先という距離でデータセンターが新規に建つ計画です。そして、後述する通り、非常用発電機については1987年の「当分の間、適用しない」という例外規定により、大気汚染防止法のばい煙排出基準から除外されています。
この規制の穴があるからこそ、事業者は共存への配慮なしに、コストの安いディーゼル12台+A重油120万L地下備蓄という選択ができてしまう。豊洲なら成立しなかった設計が、千石では成立してしまうのです。
豊洲は共生設計、千石は規制の穴に乗った駆け込み設計。同じ「データセンター」と呼んで並べることは、この決定的な違いを覆い隠してしまいます。
本記事の以下の章で示すのは、この「駆け込み設計」を成立させている技術と制度の中身です。
千石データセンターの非常用発電機の実体
まず、千石データセンターの非常用発電機がどのような設備なのかを、事業者公表資料に基づいて確認します。
設備規模:
- ディーゼル発電機:12台(建物の2階および5階に設置)
- 発電機1台あたり想定出力:約2.92MW(受電容量35MW÷12台)
- 燃料:A重油 120万リットル(10万リットル×12タンク、敷地北側の地下に埋設)
- 煙突:12本(建物南側、最高高さ51.4mの位置)
- 施設の総受電容量:35MW、IT容量25MW
周辺環境:
- 隣接する3マンション:ジースクエア596戸、プレシス東陽町35戸、ハイラーク東陽町31戸、合計662世帯・約1,500人
- 最も近いハイラーク東陽町まで、建物外壁同士の距離でわずか3.5m
- 半径150m前後にインターナショナルスクール、保育園が立地
これがどういう数字か、いくつかのスケール感を示します。
第一に、IT容量25MWは約12,500世帯分の電力消費に相当します(住民から事業者への質問書、回答書1-7)。3マンション662世帯の約19倍にあたる電力を、住宅地のすぐ隣で消費する施設です。江東区全体の世帯数は約29.9万世帯(令和8年5月1日現在)ですから、江東区の全世帯のおよそ4%、24世帯に1世帯分の電力を、たった1つの施設が消費することになります。
第二に、A重油120万リットルは、標準的なガソリンスタンド24軒分に相当します。
これは私が独自に算出した数字ではなく、業界団体である日本データセンター協会(JDCC)のガイドライン(p.10)の記述に基づくものです。JDCCガイドラインは、データセンターの貯油について「通常のガソリンスタンドの10倍程度の貯油(中規模クラスのデータセンター:500kL/標準的なガソリンスタンド:50kL)」と明記しています。
これを基準にすると、千石データセンターの120万L=1,200kLは、JDCC定義の「標準的なガソリンスタンド」24軒分。「中規模クラスのデータセンター」の2.4倍。「中規模」を基準としても、千石データセンターは大規模に分類される設備規模です。
第三に、ディーゼル発電機は1台あたり約2.92MW級 ―― これは小規模なディーゼル発電所と同程度の出力を持つ機器です。それが12台、住宅地のすぐ隣の建物に並びます。
そしてこの規模の施設が、保育園・インターナショナルスクールから150m前後の場所に建設される計画です。
この発電機が、月に1回試運転されます。次の章で、その試運転のたびに何が排出されるのか、具体的な推計値を見ていきます。
月1回の試運転で、タバコ何本相当のタール
事業者は説明会において、非常用発電機の試運転は「月1回・10分程度」と説明しています(2026年2月22日説明会)。
しかし、この「10分程度」という数字は、業界標準と大きく食い違います。
業界団体である日本データセンター協会(JDCC)が2026年5月1日に公表した「データセンター地域共生ガイドライン」p.13には、こう書かれています。「試運転は通常は月1回程度、昼間の1〜数時間程度が一般的」。
業界標準は「月1回・1〜数時間」。事業者の口頭説明「10分程度」は、これと整合しません。試運転のたびに発電機を起動・暖機・負荷試験・冷機停止までを行う一連の点検作業として、10分で完了することは実務上考えにくい。本記事では、業界団体が公式ガイドラインで明示している「月1回・1時間」を前提として、排出量を推計します。
推計の前提:
- 試運転条件:JDCCガイドライン準拠(月1回・1時間・75%負荷)
- 排出係数:規制対象外の据置型ディーゼル発電機の一般的排出係数(環境省特殊自動車排ガス規制 130〜560kW区分の値、より保守的に下限側を採用)
- NOx:10g/kWh
- PM:0.3g/kWh
月1回の試運転で排出される量(発電機12台合計):
| 期間 | NOx | PM | 燃料 |
|---|---|---|---|
| 1回(1時間) | 約330kg | 約11kg | 約6,700L |
| 年間(12回) | 約4トン | 約130kg | 約8万L |
| 10年累積 | 約39トン | 約1.3トン | 約81万L |
| 20年累積 | 約79トン | 約2.5トン | 約161万L |
ここで重要な対比があります。仮にこのディーゼル機関が規制対象施設だった場合、東京都環境局の上乗せ排出基準(第1種地域、特別区)により、NOx濃度は110ppm(標準酸素濃度13%換算)以下に抑えなければなりません。この基準は、健康保護を目的として、東京都が大気汚染防止法を上乗せして定めたものです。
ところが、千石データセンターの12台のディーゼル機関は、「専ら非常時に使用される施設には、当分の間、適用しない」という1987年の例外規定により、この基準の適用を受けません(この経緯は本記事の後半で詳しく見ていきます)。規制対象なら遵守すべき濃度基準が、千石データセンターには事実上存在しないということです。煙突から何ppmで排出されようと、法的には問題にならない構造です。
このうち、特に住民の健康被害との関係で問題となるのが、PM(粒子状物質、PM2.5を含む)です。
この排出量を、私たちが日常的に接する物質――タバコのタール――との比較でイメージしてみます。
タバコの煙に含まれるタールも、ディーゼル排気のPMも、本質的には燃焼によって生じる微小な粒子であり、ともにWHOによって発がん性のある物質として位置付けられています。
ここで一点お断りしておきます。本記事で行うタバコ換算は「同じ危険」「同じ健康影響」を主張するものではありません。同じく「発がん性あり」と位置付けられた物質でも、曝露量・吸引形態・組成が異なるため、ディーゼル排気のPMとタバコのタールを健康影響の面で直接同等視することはできません。あくまで、ディーゼル排気から出るPM粒子の「物質量のスケール」を、私たちが日常的に接するタバコのタール量と並べて比較するための便宜的なベンチマークとして提示します。
現代日本の販売実績上位の紙巻きタバコのタール量は、おおむね1本あたり8〜12mg程度です(包装表示値、ISO測定方式)。本記事では平均的な値として10mg/本を採用し、千石データセンターの非常用発電機が排出するPMを換算してみます。
| 期間 | PM排出量 | タバコ(タール10mg/本)換算 |
|---|---|---|
| 1回試運転(1時間) | 約11kg | 約110万本相当 |
| 年間(12回) | 約130kg | 約1,300万本相当 |
| 10年累積 | 約1.3トン | 約1億3千万本相当 |
| 20年累積 | 約2.5トン | 約2億5千万本相当 |
662世帯・約1,500人の住民で20年累積を割ると、1人あたり約17万本分のタール相当量に当たるPMが、20年間にわたって大気中に放出されることになります。
繰り返しになりますが、これは「住民1人がそれだけ吸う」という意味ではなく、「施設が大気に放出する総量」を理解しやすい単位に置き換えたものです。実際にどれだけ住民の肺に届くかは、風向、風速、気温の鉛直分布(逆転層の有無)、建物による気流の乱れなどに左右され、大気拡散シミュレーションによって初めて推計できます。
比較ベンチマークとしては、年間NOx約4トンは、大型ディーゼルトラック約80台が年間を通じて走行する場合の排出量にほぼ匹敵します。20年累積では大型トラック1,575台年分です。
排気は煙突高さ51.4mから南向き(仙台堀川公園側)に排出される設計とされています。しかし東風、北風、無風、逆転層 ―― こうした条件下では、排気は北側のジースクエア596戸、西側のハイラーク東陽町31戸(最短3.5m)、東側のインターナショナルスクール、近隣の保育園に向かって降りてきます。それぞれの条件で何µg/m³の濃度が地表に到達するか。
その計算を、事業者は提出していません。
住民から「非常用発電機の排ガスが周辺の生活環境にどのような影響を及ぼすか、シミュレーションを実施し、結果を提示してほしい」という要望が出されたのに対し、事業者は次のように回答しています:
「シミュレーションについては検討いたしましたが、前提となる風向・風速の条件、発電機の運転状況、健康影響を含めて極めて不確定要素が多いため、回答を差し控えます」(千石3丁目データセンターを考える会への回答書8-19、2026年2月20日)
つまり、約2億5千万本分のタール相当の粒子状物質が20年間にわたって放出される ―― その粒子が、保育園の砂場に、インターナショナルスクールの校庭に、住民の寝室の窓辺に、どう届くかは、誰も計算しない。これが、現行制度のもとで成立する「説明会済み」の中身です。
そして、ここまで示したのは、あくまで平時の月1回1時間の試運転だけの話です。次の章で、停電時に発電機が連続稼働する場合に何が起こるかを見ていきます。
非常時に6日間連続稼働
ここまで示したのは、あくまで平時の月1回1時間の試運転の話です。年間NOx約4トン、PM約130kg、20年累積でタバコ約2億5千万本相当のタール ―― これだけでも住宅地のすぐ隣に降りかかる排出量としては看過できない数字ですが、停電時の連続稼働では桁が変わります。
事業者は説明会で「最大連続稼働48時間」と説明しています(千石3丁目データセンターを考える会への回答書3-9)。
ところが、この「48時間」という数字には不審な点があります。
事業者は同時に「A重油120万リットルを地下に備蓄する」と説明しています。施設の総受電容量は35MW(うちIT容量25MW+冷却等10MW)。
ここで素朴な計算をしてみます。120万リットルのA重油で、施設をフル稼働させ続けた場合、何時間持つのか。
大型ディーゼル発電機の燃費は、一般的に1kWhの電力を生み出すのにA重油約0.21〜0.27リットルを消費します(負荷率や機種により幅があります)。施設の運用負荷を85%と仮定し、燃費を0.25 L/kWhとして試算すると ――
| 稼働パターン | 出力 | 連続稼働可能時間 |
|---|---|---|
| 受電容量35MW × 85% | 約30MW | 約6.7日 |
| IT+冷却33MW × 85% | 約28MW | 約7.1日 |
| IT容量25MW × 85% | 約21MW | 約9.4日 |
つまり、120万リットルの備蓄量は、48時間(2日)ではなく、おおむね6日〜9日の連続稼働を想定した量です。事業者の口頭説明「48時間」と、実際に備蓄されている燃料量から逆算される稼働時間との間には、3倍以上のギャップがあります。
なぜ事業者は最大48時間と説明するのか。そして、なぜそれを上回る量の燃料を備蓄するのか。この説明は、住民の側からは得られていません。
住民から「停電時の最大連続稼働シミュレーションを提示してほしい」という要望に対しても、事業者は「シミュレーションについては検討したが、前提となる風向・風速の条件、発電機の運転状況、健康影響を含めて極めて不確定要素が多いため、回答を差し控える」と回答しています(同回答書8-19)。
では、住民の独自試算 ―― 備蓄燃料を使い切る場合の連続稼働6日間 ―― を前提に、排出量を計算してみます。
6日間連続稼働での排出量(IT+冷却33MW相当×85%負荷):
| 項目 | 6日間累積 |
|---|---|
| 総発電量 | 約4,000 MWh |
| NOx(窒素酸化物:呼吸器を刺激し、ぜんそくや気管支炎の原因となる) | 約40〜60トン |
| PM(粒子状物質:肺の奥まで到達し、発がん性が確立されている微粒子) | 約1.2〜2.0トン |
| SOx(硫黄酸化物:酸性雨の原因物質、気道刺激性が強く呼吸器疾患を引き起こす) | 約8〜9トン |
| 消費燃料 | 約94〜108万L(備蓄の78〜90%) |
注目すべきはPM約1.2〜2.0トンです。これは試運転20年分の累積(約2.5トン)に相当する量が、わずか6日間で大気中に放出されるということです。
NOx約40〜60トンも、試運転10〜15年分の累積を、たった6日間で出す計算になります。
これと整合する見解として、米カリフォルニア大学リバーサイド校のシャオレイ・レン准教授(データセンター環境影響研究の第一人者)は、日経新聞のインタビューで次のように述べています。
「停電時に補助電源でデータセンターを動かす事態になれば、わずか数日で地域の1年分の窒素酸化物を出す恐れがある」(日経新聞2025年12月8日「AIデータセンターは迷惑施設 健康不安で怒る米住民、3.8兆円分阻止」)
千石データセンターの試算は、レン准教授の指摘と整合します。
そして繰り返しになりますが、この6日間連続稼働のシミュレーションも、事業者は提出していません。停電がいつ発生するか、それが夏の南風が吹く条件か、それとも東風が吹く梅雨時の条件か ―― そこで何µg/m³の濃度が3.5m先のハイラーク東陽町に、近隣のインターナショナルスクール、保育園に到達するか。誰も計算していません。
そして停電時というのは、住民自身も被災している時です。窓を閉め切れない状況や、避難生活を余儀なくされる可能性がある状況で、住宅地のすぐ隣で大型のディーゼル発電機が6日間連続で稼働する。その排煙が、どこにどう降りてくるかは分からないまま、確認申請が通り、着工される。
これが、現行制度のもとで成立する設計です。
そしてここまで示してきた数字 ―― タバコ2億5千万本相当のタール、6日間で1.2〜2.0トンのPM、6日間で40〜60トンのNOx ―― は、決して「住民の不安」や「感情論」ではありません。事業者公表値と業界標準と一般的排出係数から、誰でも計算できる数字です。
次の章では、こうした排出が、健康被害として何を意味するのかを科学的事実として整理します。
健康被害は「推測」ではない
ここまで示してきた排出量 ―― タバコ2億5千万本相当のタール、6日間で40〜60トンのNOx、6日間で1.2〜2.0トンのPM ―― が、実際に住民の健康にどう影響するのか。
ここで重要な事実を確認します。ディーゼル排気とPM2.5の健康被害は、国際機関が確立した科学的事実として既に存在しています。「データセンター固有のリスク」を新たに証明する必要はありません。世界保健機関(WHO)は、ディーゼルエンジン排気(2012年)も、屋外大気汚染と粒子状物質PM(2013年)も、いずれも「人に対して発がん性がある」と公式に位置付けています。日本国内でも、2009年の中央環境審議会報告において、PM2.5は「健康影響の原因の一つとなりうる」と評価されています。
そしてこれらの健康影響に対しては、日本の環境基準(PM2.5:年平均15µg/m³以下)、WHO大気質ガイドライン(PM2.5:年平均5µg/m³以下)といった具体的な濃度基準が、健康保護の観点から設定されています。WHOは特に、PM2.5には「これ以下なら健康影響が観察されない」という閾値が確認されておらず、濃度が上がるほどリスクが比例して上昇することを明示しています。
だからこそ、議論すべき問いは「健康被害があるかないか」ではありません。WHOが世界中の研究を集約して発がん性のある物質と位置付けた以上、健康影響の存在は前提です。本当に問うべきは ――
「どれだけの曝露があるのか」
そして、千石データセンターの周辺で誰が曝露されるのか。改めて確認すると、千石データセンター(江東区千石3-2-19)の周辺には、ディーゼル排気の影響を特に受けやすい施設が、これだけ密集しています。半径400m以内に、学校3、保育施設3、公園3、高齢者福祉施設1の計10施設が集まっており、半径500mまで広げると深川第四中学校がさらに加わります(直線距離は計画地からの概算です)。
学校・保育施設(児童・生徒が長時間滞在する施設):
- インディア インターナショナル スクール イン ジャパン(約150m)
- キッズスマイル江東千石(約150m)
- カメリアキッズ千石園(約200m)
- 東京都立大江戸高等学校(約250m)
- 江東区立川南小学校(約300m)
- 小規模保育室ラッキーココナッツ(約300m)
- 江東区立深川第四中学校(約500m)
公園・児童遊園(屋外活動・散歩コース):
- 千石二丁目公園(約150m)
- 千石公園(約300m)
- 千石児童遊園(約350m)
高齢者福祉施設(基礎疾患を持つ方が日中を過ごす施設):
- デイサービスホーム まんまる笑がお(約350m)
子どもと高齢者という、ディーゼル排気の影響を最も受けやすい層が密集する地域です。
子どもは大人に比べて、体重あたりの呼吸量が多く、肺や免疫系が発達途上にあるため、大気汚染物質の影響をより強く受けます。PM2.5への長期曝露が子どもの肺機能発達を阻害することは、複数の疫学研究で確認されています。高齢者についても、心血管疾患・呼吸器疾患を持つ方への影響は確立した事実です。
風向、風速、気温の鉛直分布、建物による気流の乱れによって、煙突高さ51.4mから出た排気が、これらの保育園の砂場に、小学校の校庭に、公園のベンチに、デイサービスの窓辺に、何µg/m³の濃度で到達するのか。それが日本の環境基準(年平均15µg/m³以下)やWHO指針値(年平均5µg/m³以下)を超えるのか、超えないのか。
ここで誤解のないよう明確にしておきます。排気が周辺地域に降ること自体は、確実です。
煙突から出た排気は、必ず大気中で拡散し、地表に降下します。これは物理法則の話であって、「降るか降らないか」が論点になることはありません。風向・風速・気温の鉛直分布によって、どの方向に、どの程度の濃度で降るか ―― その具体的な値が変わるだけです。
夏の南風が吹く日には仙台堀川公園側に降ります。東風の日には西側のハイラーク東陽町・プレシス東陽町・川南小学校・千石公園に降ります。北風の日には南側の保育施設や仙台堀川公園に降ります。逆転層が発生する朝晩には、排気が高所で滞留し、広範囲にじわじわと降下します。
つまり、これらの周辺施設のいずれかには、毎月の試運転のたび、そして停電時には連続して、何らかの濃度の排気が降下します。問題は、「降るかどうか」ではなく、「どれだけ降るか」「環境基準を超えるか超えないか」です。
その計算を、事業者は提出していません。
そして、それを提出させる仕組みも、検証する仕組みも、現在の制度には存在しません。なぜそんな状態が成立しているのか。次の章で、この問題の制度的核心に行き着きます。
1987年から「当分の間」のままの制度
ここまで示してきました。
千石データセンターの非常用発電機が、月1回の試運転だけで年間NOx約4トン・PM約130kgを排出すること。停電時には6日間でNOx約40〜60トン・PM約1.2〜2.0トンに達すること。それらの物質はWHOが発がん性のある物質と位置付けていること、保育園・学校・公園など脆弱な層が利用する施設が周辺に密集していること、そして物理法則として排気が降下することは確実であること。
ところが、これだけの排出量と健康影響を持つ施設が、現在の大気汚染防止法では規制対象外です。
大気汚染防止法施行規則附則(昭和62年11月6日 総理府令第53号)に、こう書かれています。
大気汚染防止法施行令別表第一の29項に掲げるガスタービン又は同表の30の項に掲げるディーゼル機関のうち専ら非常時において用いられるもの(以下「非常用施設」という。)については、第3条から第5条まで及び第7条の規定は、当分の間、適用しない。
つまり、ディーゼル機関の非常用施設には、大気汚染防止法に定められたばい煙の排出基準(NOx・SOx・ばいじん等の濃度規制)を、当分の間、適用しない ―― これが、1987年(昭和62年)から続く制度です。
起点は1987年。本記事を書いている2026年5月現在、39年が経過しています。
39年間、「当分の間」のままです。
ここで重要な問いがあります。1987年当時、立法者はどのような「非常用発電機」を想定して、この除外規定を作ったのでしょうか。
1987年に想定されていた「非常用発電機」
1987年当時、そして現在も、建築基準法・消防法によって非常用発電機の設置が義務付けられている施設は、典型的に以下のようなものです。
- 病院(手術室の医療機器、生命維持装置のバックアップ)
- 学校・ホテル・百貨店・劇場(非常用照明、非常用エレベーター、排煙設備)
- 高層マンション(給水ポンプ、共用部の非常照明)
- 一般のオフィスビル(防災設備の電源)
これらの施設に設置される非常用発電機は、消防・防災用です。火災・地震・停電が起きたとき、人命を守るための数分〜数十分の間だけ稼働することを想定しています。建築基準法の規定は、「40秒以内に電圧を確立し、30分以上の連続運転を可能とする」という、まさに緊急時の短時間稼働を前提としたものです。
規模も、これらの典型的な施設では出力数十kW〜数百kW程度。年に数回の試運転と、現実に何年に一度起こるかわからない停電時の数十分稼働。それが、1987年当時に法令が想定していた「非常用発電機」の運用実態です。
その規模・頻度であれば、確かに排出量は限定的です。だから「ばい煙発生施設としての届出は必要だが、排出基準は当分の間、適用しない」という運用が、現実的なバランスとして成立していました。
千石データセンターの「非常用発電機」は、まったく別の代物です
ところが、千石データセンターの非常用発電機は、まったく違う性質のものです。
| 項目 | 1987年当時の典型 | 千石データセンター |
|---|---|---|
| 設置義務の根拠 | 建築基準法・消防法 | (それに加えて)事業継続のため |
| 主目的 | 人命保護(消防・防災) | サーバーの稼働継続 |
| 発電機の規模 | 数十〜数百kW | 1台2.92MW級が12台、合計35MW |
| 試運転 | 消防点検の数分間 | 月1回・1〜数時間(JDCC業界標準) |
| 連続稼働の想定 | 停電時の30分〜数時間 | 最大6日間(120万L燃料備蓄) |
| 燃料備蓄 | 数百〜数千リットル | 120万リットル(ガソリンスタンド24軒分) |
千石データセンターの発電機1台(2.92MW級)は、典型的な病院・学校・オフィスの非常用発電機(数十kW〜数百kW級)のおおむね数十倍の出力を持ちます。そしてそれが12台。総出力35MWは、典型的な非常用発電機の数百倍から千倍以上のスケールです。
加えて、稼働時間の想定が違います。1987年当時の「非常用」は、停電時に30分〜数時間動けば足りるものでした。だから120万リットルの燃料備蓄など想定されていません。千石データセンターは、最大6日間の連続稼働を前提に、ガソリンスタンド24軒分の燃料を抱える設計です。
そして決定的なのは、「停電事故防止用の予備電源と災害時用の予備電源が兼用される施設」も「非常用」に含むという解釈です。これは、平成2年12月1日付で建設省(現・国土交通省)が都道府県建築主務部長宛に発出した通達(「大気汚染防止法施行令及び同法施行規則の一部改正等に係る非常用の建築設備の取扱いについて」)によるものです。
通達は次のように記しています。
「電力消費が計画受電容量を超えることによる停電事故を防止するために設置される予備電源と災害時、事故等に使用される予備電源とが兼用される施設も非常用の建築設備であるので念のため申し添える。」
つまり、計画停電を防ぐために普段から稼働を準備しておく予備電源 ―― つまり事業継続のための発電機 ―― も、行政運用上の「非常用」に含まれることになっています。
つまり、千石データセンターの12台のディーゼル発電機は、
- 発電所と呼ぶべき規模を持ち
- 事業継続のために月1回計画的に稼働し
- 停電時には6日間連続稼働できる燃料を備え
- 住宅地から3.5mの位置に設置される
それでも、1987年に書かれた「当分の間、適用しない」によって、大気汚染防止法のばい煙排出基準の適用から除外されているのです。
病院の非常用発電機と、千石データセンターの非常用発電機
病院や学校に設置されている非常用発電機が「ばい煙発生施設として規制を受けない」ことに、住民の反対や問題提起が起きていない理由は明白です。それらは、人命を守るために存在し、現実にはほぼ稼働せず、稼働しても短時間だからです。年間排出量は無視できるほど小さい。だから39年間、「当分の間」が放置されていても問題が顕在化しなかった。
ところが千石データセンターは違います。事業継続のために存在し、月1回計画的に稼働し、停電時には数日間連続稼働する。1987年当時の立法者は、こうした規模・用途・頻度の発電機を「非常用」として想定していたとは到底思えません。
つまり、千石データセンターの発電機は、「非常用発電機」という名前を借りた、別カテゴリーの施設です。それが、1987年の条文の文言上「非常用」に該当するという理由だけで、大気汚染防止法のばい煙排出基準から除外されている ―― これが、千石データセンター問題の制度的核心です。
国も都も、この穴を埋めていません
東京都の上乗せ基準も、この国の制度を踏襲しています。東京都環境確保条例に基づく第1種地域(23区)の窒素酸化物に係る上乗せ排出基準も、「非常用施設には当分の間適用しない」としており、国法と同じ穴をそのまま受け継いでいます。
事業者は、この制度状況を正確に認識した上で計画を進めています。住民から「非常用発電機の排ガス・騒音について規制があるはずだ」と問われたのに対し、事業者は次のように回答しています。
「試運転は恒常的な運転ではないとの認識」(千石3丁目データセンターを考える会への回答書8-9)
事業者は法令違反をしているわけではありません。事業者の発言は、法令上正確です。
問題は事業者ではありません。
問題は、1987年に書かれた「当分の間」が、発電所規模のディーゼル機関を備えたデータセンターを「非常用」に含めて適用除外したまま、39年間放置されていることです。
国の制度が動かない。都の上乗せ基準も動かない。それでも、保育園に、小学校に、公園に、デイサービスに、住民の寝室に、毎月、そして停電時には連続して、排気は降下します。
だから、区が制度を作るしかありません。
区が今、すべきこと
39年前、立法者が想定していなかった規模・性質の施設が、住宅地から3.5mの場所に建とうとしています。国の制度は動きません。都の上乗せ基準も動きません。
だから、区が制度を作るしかない。
私はこれまで建設委員会で、千石データセンターを含む大規模データセンター建設計画に対し、江東区独自の要綱として以下の3点を盛り込むことを一貫して求めてきました。
戦略の3点
1. 報告仕様の標準化
騒音、排熱、低周波音について、どの気象条件で、どの測定方法で、どの形式で報告するかを、区が明確に定めます。
現状、事業者は「シミュレーションを実施した」と説明する一方、その前提条件(風向・風速・気温の鉛直分布など)の詳細は開示しないまま「不確定要素が多いため回答を差し控える」と回答できてしまいます。報告仕様が標準化されていないため、「説明会済み」が実質的な情報空白のまま成立する構造が放置されています。
これを区が定めれば、事業者は同じ基準で計算し、同じ形式で報告する義務を負います。比較可能性が確保され、「シミュレーションを差し控える」という回答は成立しなくなります。
2. 第三者検証
事業者の自己評価ではなく、独立した専門家がシミュレーションの前提条件と結果を検証する仕組みを設けます。
現状、事業者から提出される環境影響評価は、事業者の選んだコンサルタントが、事業者にとって都合のよい条件で実施します。住民にも、区にも、その評価が妥当かを検証する手段がありません。
第三者検証を要件化すれば、評価の妥当性そのものが客観的に担保されます。これは事業者を縛るためのものではなく、事業者にとっても「適切に評価したことの証明」になる仕組みです。
3. 稼働後モニタリング
建設前の説明だけで完結させず、稼働後の継続的な実測と公表、基準超過時の是正手順を事前合意します。
現状の枠組みでは、稼働後に基準超過が判明しても、対応は事業者の任意となります。事前合意があれば、区民は数値的な根拠を持って事業者と対話でき、必要に応じて区が介入する根拠も明確になります。
そして、これらの3点を協定書の形で締結することを、建築確認申請の要件にすることが、本制度の実効性を担保する鍵です。任意のお願いベースでは、現状の都ガイドラインや業界ガイドラインと変わりません。確認申請の要件としなければ、事業者は協定なしで申請を進めることができてしまいます。
「区が努力していない」のではない。もう一歩踏み込んだ対応が必要
ここで一つ、はっきり指摘しておく必要があります。
「区が努力していない」のではありません。 建設調整課は住民との丁寧な対話を続けています。区長も、データセンター問題に対する住民の懸念を真摯に受け止めています。
しかし、本記事で見てきた通り、現状の制度の枠組みだけでは、千石データセンターのような施設に対応しきれません。だからこそ、対話の促進にとどまらず、もう一歩踏み込んだ対応が必要になります。
区が今取り組んでいることは、事業者と住民の間の「対話」を促すことです。住民の質問を事業者に伝え、事業者の回答を住民に届け、説明会の場を設定する ―― これらは確かに努力です。区職員は誠実に動いています。
しかし、本記事で見てきた通り、ルールそのものが、千石データセンターのような施設に対応していません。
非常用発電機のばい煙という、たった一つの論点を取っただけでも、これだけのことが明らかになりました。
- 大気汚染防止法の排出基準は、千石データセンターの非常用発電機に適用されない
- 東京都の上乗せ基準も、同じ穴をそのまま継承している
- 月1回の試運転だけで、年間NOx約4トン・PM約130kgが排出される
- 停電時の連続稼働では、6日間でNOx約40〜60トン・PM約1.2〜2.0トンに達する
- それらの物質はWHOが発がん性のある物質と位置付けている
- 周辺には保育園・学校・公園・高齢者施設が密集している
- 排気が周辺地域に降下することは、物理法則として確実である
- それにもかかわらず、事業者はシミュレーションを提出していない
- そして、事業者にそれを提出させる仕組みも、検証する仕組みも、現在の制度には存在しない
これが、たった一つの論点で見えてきた制度の不備です。熱、騒音、低周波音、地下水、防災、景観 ―― 他の論点を見れば、同様の制度的空白がさらに顕在化します。
区がすべきことは、こうした制度的空白を放置したまま「対話」を促進することではありません。対話が成立する条件としてのルール整備です。事業者と住民が同じ土俵で議論できる仕様、第三者が介入できる仕組み、稼働後に客観的な数値で対話できる枠組み ―― これを区が定めて初めて、「対話」は意味を持ちます。
現在の要綱の枠内で、いくら丁寧に対話を仲介しても、住民が本当に必要としている情報・検証・モニタリングは得られません。それは現場の努力不足ではなく、そもそも要綱の枠組みが千石データセンターのような施設を想定していないからです。
このまま進めば、新しい公害になる
そして、これは単なる制度設計の話ではありません。
ルールを作らないまま千石データセンターの建築確認申請が通り、着工が進めば、この問題は必ず新しい公害になります。
公害は、ある日突然発生するものではありません。「規制の穴」と「住民の懸念に向き合わない構造」が放置された結果として、後から振り返ると公害だった ―― これが、四日市ぜんそく、川崎公害、水俣病、そして近年の道路沿道大気汚染まで、日本の公害史が繰り返し示してきたパターンです。
千石データセンターには、そのパターンの構成要素がすべて揃っています。
- WHOが発がん性のある物質と位置付けた排出物を出す施設
- 39年間「当分の間」のままになっている規制の穴
- 住宅地から3.5mという至近距離
- 周辺に脆弱な層が密集する立地
- 事業者の自己評価以外に検証手段がない構造
- 稼働後の継続的なモニタリングを担保する仕組みの不在
これらが揃った状態で稼働が始まれば、5年後、10年後、20年後に、住民の健康に何らかの影響が表面化する可能性は、決して無視できる水準ではありません。そのとき初めて「規制の穴を埋めるべきだった」と振り返っても、住民の健康は取り戻せません。
過去の公害がそうであったように、事後対応では遅いのです。
だからこそ、ルールを作るという方向に区が動かなければなりません。そして、その枠組みは、千石データセンターの建築確認申請が出される前に整備されなければ、本計画には間に合いません。
本来は国や都が議論すべきこと。しかし時間切れ
ここで一つ、はっきりさせておくべきことがあります。
そもそも、これは本来、基礎自治体が単独で背負うべき問題ではありません。
データセンターは国の重要なデジタルインフラです。経済産業省は「半導体・デジタル産業戦略」の中で、データセンターの国内立地を国策として推進しています。生成AIの普及に伴って、需要は今後さらに拡大することが見込まれます。
そうである以上、データセンター建設に伴う住民の生活環境・健康被害をどう守るかは、本来、国が大気汚染防止法と関連政省令を時間をかけて見直し、産業政策との整合を取りながら制度設計すべき問題です。あるいは、東京都が条例レベルで実効性ある上乗せ規制を整備すべき問題です。
これは中長期的には、国と都で議論すべき課題です。実際、国も都も、データセンター問題に関する検討は始めています。東京都は2026年3月に「まちと調和したデータセンターに向けたガイドライン」を公表し、業界団体(JDCC)も2026年5月にガイドラインを公表しました。問題意識は共有されつつあります。
ただ、国や都には、即効性のあるアクションは打てません。
国が大気汚染防止法施行規則の附則を改正するには、業界団体・関係省庁との調整、有識者会議、パブリックコメントを経て、施行までに数年を要します。都が条例改正に動いても、議会の議論を経て施行までに1年以上は必要でしょう。これは怠慢ではなく、広範な利害関係者を持つ規制を変える以上、丁寧な議論が必要だからです。
そして、これが千石データセンター問題の核心です。
事業者は、この「国・都の議論が成熟する前の法の空白」に駆け込もうとしています。
これは私が本ブログで一貫して指摘してきた論点です。建築確認申請が受理され、確認済証が交付されてしまえば、行政が後から新たな規制を適用することは事実上できません。事業者にとって、今が最後のチャンス ―― 国や都が動き始める前、業界・行政・住民が同じ方向を向き始める前、規制が整備される前のタイミングで、確認申請を通してしまえば、後はもう「法令上問題ない」で押し切れる。
業界団体(JDCC)が「法令順守していれば安全という観点ではなく」と自ら明記し、専門家・弁護士が「法整備こそ必要」と指摘し、住民が陳情を続けている ―― この状況下で、それでもなお千石データセンターを2026年7月着工で進めるという事業者の判断は、まさに法の空白への駆け込みです。
千石データセンターの建築確認申請は2026年6月、着工は7月に予定されています。
国の議論を待っていたら、間に合いません。都の条例改正を待っていても、間に合いません。 そして、事業者はそのことを正確に認識した上で、急いでいます。
つまり、千石データセンターに関しては、国や都の議論を待っていては、事業者の駆け込みを止められない ―― これが構造的事実です。中長期的な制度整備は国・都が担うべきですが、目の前の千石データセンターの駆け込みに対して実効性ある対応ができるのは、基礎自治体である江東区だけです。
これは、地方自治体の本来の強みでもあります。区は、地域の実情に即して、迅速に独自の枠組みを整備できる機動性を持っています。区独自要綱や事業者との協定書という形であれば、6月までの整備は決して不可能ではありません。
そもそも、事業者の駆け込みを止められるのは、最初から区しかありませんでした。国・都の議論を待つ姿勢でいる限り、事業者は法の空白を通り抜けます。1,500人の住民の健康と生活環境を守れるかどうかは、区が独自に制度を整備できるかどうかにかかっています。
それが、6月の建設委員会で問われている事の、本当の意味です。
6月建設委員会は、その契機にできる
業界団体(JDCC)は、2026年5月のガイドラインで「法令順守していれば安全という観点ではなく」「必要に応じて第三者による環境評価の導入」と明記しました。東京新聞報道で取り上げられた専門家・弁護士は「法整備こそ必要」と指摘しています。住民は陳情を続けています。
業界・行政(少なくとも国・都の文書レベル)・住民・専門家が、同じ方向を向いているのです。あとは、基礎自治体である江東区が、千石データセンターの建築確認申請が出される前に、実効性ある独自要綱を整備できるかどうか。
6月の建設委員会は、その契機にできます。私は、住民の代表として、引き続きこの3点を区に求めていきます。
1987年に「当分の間」と書かれた制度の穴を、39年経って、いま江東区が埋めるかどうか。それが6月の建設委員会で問われています。